「宵山姉妹」(森見登美彦)

気が付けば読み手も…

「宵山姉妹」(森見登美彦)
(「日本文学100年の名作第10巻」)
 新潮文庫

女の子は
勇気を振り絞って歩き始めた。
姉に連れられて訪れた宵山で、
繋いでいた手を離してしまい、
一人になってしまったのだった。
怖い思いに耐えて
歩き続ける彼女の前に、
真赤な浴衣を着た
5人の女の子が現れ、
彼女を導く…。

と、下手な粗筋を書きましたが、
これでは作品が
どんなジャンルに属するのか、
推察不能でしょう。
主人公の女の子は小学校3年生。
一つ上の姉とはぐれたのです。
そして5人の女の子たちは
彼女をどこに導こうとしていたのか?
異世界です。

「女の子たちは、漂うようにして
 浮かび上がっていく。
 石畳を蹴ると、
 身体がふいに楽になって、
 彼女は頭上の細く切り取られた
 空に向かって、浮かび上がった」

実はホラー・ファンタジーなのでした。

本作品の味わいどころ①
読み手を臆病で真面目な
妹の立場に追い込む

姉は好奇心旺盛、
妹は慎重で臆病な性格です。
バレエ教室の厳しい先生、
妹の想像する人さらいのこと、
頭を剃り上げた大坊主、
怖そうなおまわりさん、
そうしたものを
女の子の目線で捉えることにより、
読み手は次第に女の子の心情に
シンクロしていくしくみです。
そして気がつけば読み手も
異世界の扉の前に立っているのです。

本作品の味わいどころ②
徐々に恐怖を積み上げる
ホラーの正統的手法

バレエ教室の休憩時間に、
姉妹が階段の奥で見つけた
「妖怪のような」金魚。
これがはじまりとなります。
姉とはぐれたあとに見つけた
防火用水のバケツの中に泳いでいた金魚
(どこから泳いできたのか?)。
これが二つめです。
そしてそこから現れる
赤い浴衣の5人の少女。
この段階でなんとなく
背筋が冷ややかになってきます。
案の定、妹は何の疑いもなく
女の子たちのあとをついていきます。
「いけない、ついていっては」
そう思う間もなく、
気がつけば読み手も
異世界の扉に手をかけているのです。

本作品の味わいどころ③
祭は本来「非日常」、
いつでも異空間の入り口

祭は本来、
日常とは異なる「非日常」の世界です。
そして人間の住むところ、
必ず祭が存在します。
冒頭部であれだけ登場した
「三条通」「烏丸通」
「室町通」といった地名は、
5人の女の子が現れて以降
一切語られず、
物語の舞台はどこともしれない
街並みへと変化しているのです。
もしかしたら自分の身のまわりでも
起こりうることかもしれない。
こうして気がつけば読み手も
異世界の扉を
開いてしまっているのです。

さて、私はこの森山登美彦の作品を
ほかに読んではいません。
どんな作品を書いているかも
知りません。
しかも本作品は「宵山万華鏡」という
連作短編集の一作とのこと。
したがってこれが緻密な構造を持った
ホラー・ファンタジーなのか、
幼い子どもの捉えた心象風景を
デフォルメした作品なのか、
あるいは別の意図を持った小説なのか、
私にはよくわかりません。
しかし良くできた短篇です。
人気作家であることは
知っていましたが、
今までスルーしていました。
他の作品を読んでみたいと思います。

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